37代 |
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安藝ノ海 節男 |
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| 所属部屋 | 出羽海部屋 |
| 本名 | 永田節男 |
| 生年月日 | 大正3年5月30日 |
出身地 |
広島県広島市南区宇品海岸 |
| 四股名改変 | 永田→安藝ノ海 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和7年2月場所 |
| 十両昇進 | 昭和11年1月場所 |
| 新入幕 | 昭和13年1月場所 |
| 大関昇進 | 昭和16年1月場所 |
| 横綱昇進 | 昭和17年6月 |
| 最終場所 | 昭和21年11月場所 |
| 幕内在位 | 18場所 |
| 幕内通算 | 142勝59敗38休 |
| 勝率 | 0.706 |
| 優勝 | 1回 |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 127.5kg |
| 得意手 | 左四つ、寄り切り、やぐら投げ |
| 年寄名 | 不知火→藤島→昭和30年1月限り廃業 |
| 没年月日 | 昭和54年3月25日 |
| 双葉山の70連勝阻止で知られる。5場所連続全勝街道を走り続けるもどこまで続くのかという行方。それも入幕3場所目で初の上位挑戦という初顔であった。それも昭和14年春場所4日目結び前の一番、安芸ノ海が素早く右で前褌を引き左上手を取って食い下がる。両回しの取れない双葉山は右から強引な掬い投げを連発、安芸ノ海の右外掛けで双葉山が傾きながら右を取って下手投げから一瞬安芸ノ海が体を預けると双葉山が倒れて軍配は西・安芸ノ海へ上がるという相撲史上に残る一番となる。土俵上は座布団やらみかんの嵐となる。これが自信となり左四つ、左に回りながらの右からのおっつけで攻める相撲を得意とし横綱へ上り詰めるも優勝は昭和15年夏場所の1回のみで大関以上での優勝はなく昭和20年11場所には4勝6敗と皆勤で負け越している。その後双葉山には1度も勝てずに昭和21年秋場所に引退した。 | |