68代 |
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朝青龍 明徳 |
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| 所属部屋 | 高砂部屋 |
| 本名 | ドルゴルスレン・ダグワドルジ |
| 生年月日 | 昭和55年9月27日 |
出身地 |
モンゴル国ウランバートル市 |
| 四股名改変 | |
| 所属部屋改変 | 若松→高砂部屋 |
| 初土俵 | 平成11年1月場所 |
| 十両昇進 | 平成12年9月場所 |
| 新入幕 | 平成13年1月場所 |
| 大関昇進 | 平成14年9月場所 |
| 横綱昇進 | 平成15年1月 |
| 最終場所 | 平成22年1月場所 |
| 幕内在位 | 55場所 |
| 幕内通算 | 596勝153敗76休 |
| 勝率 | 0.796 |
| 優勝 | 25回 |
| 三賞 | 殊勲賞3回,敢闘賞3回 |
| 身長 | 184cm |
| 体重 | 150kg |
| 得意手 | 突っ張り、左四つ、寄り切り |
| 年寄名 | |
| 没年月日 | |
| 史上初のモンゴル出身横綱。平成9年に高知県の明徳義塾高校へ留学、高3のインター杯で個人3位と活躍後、11年初場所に当時の若松部屋へ入門。史上最速ともいえる25場所で横綱へ上り詰めた。横綱昇進時は丁度貴乃花が引退しもう1人の横綱、武蔵丸(現武蔵川親方)は休場と早々に1人横綱の重責を担い貢献し平成16年九州場所から17年九州場所に掛けて史上初の前人未到の7連覇を達成するなど27連勝も達成した。その間、平成19年夏場所まで約3年半も1人横綱と独走時代ともなったが白鵬が横綱昇進となり4年振りの横綱決戦となりながら同年夏巡業を休場すると仮病疑惑が発生し史上初の2場所連続出場停止処分となり共に患った精神性ストレス障害からモンゴルへの帰国療養となり、同年九州場所明けに再来日し謝罪した。復帰の場所となった平成20年初場所は白鵬に賜杯を許すも翌春場所は13勝2敗と奇跡の復活優勝となりその後優勝から遠のき更には左肘の靭帯を負傷し3場所連続休場と力士生命が危ぶまれたが平成21年初場所は白鵬との優勝決定戦の末見事復活優勝を成し遂げた。その後は怪我も続くが平成22年初場所中に泥酔いで暴力騒動から優勝を成し遂げるも無期限謹慎から引退へ追い込まれた。 優勝への道 |
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