| 大受 久晃 | |
| 所属部屋 | 高島部屋 |
| 本名 | 堺谷利秋 |
| 生年月日 | 昭和25年3月19日 |
出身地 |
瀬棚郡瀬棚町本町 |
| 四股名改変 | 堺谷→大受 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和40年3月場所 |
| 十両昇進 | 昭和44年9月場所 |
| 新入幕 | 昭和45年5月場所 |
| 大関昇進 | 昭和48年9月場所→昭和49年7月場所関脇へ陥落 |
| 横綱昇進 | |
| 最終場所 | 昭和52年5月場所 |
| 最高位 | 大関 |
| 幕内在位 | 42場所 |
| 幕内通算 | 308勝296敗26休 |
| 勝率 | 0.510 |
| 優勝 | |
| 三賞 | 殊勲賞4回、敢闘賞1回、技能賞6回 |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 150kg |
| 得意手 | 押し出し、右差し、掬い投げ |
| 年寄名 | 楯山→朝日山(平成27年3月停年退職) |
| 没年月日 | |
| 道南は瀬棚町から当時の高島部屋へ入門。昭和48年名古屋場所で横綱北の富士を破り12勝3敗で史上初の三賞独占で場所後大関へ昇進するも5場所で陥落。昭和52年春場所には幕内下位で負け越し幕内残留絶望とされ当時名跡を取得してなかったため翌夏場所に史上初元大関が十両の土俵で取ったが序盤で負け込んで途中休場しそのまま引退し年寄楯山を借用取得したが後に審判委員を務め平成9年5月に元小結若二瀬の朝日山が急死したため年寄朝日山を取得し部屋を継承し、大真鶴など関取を輩出し後に桐山部屋を吸収するがその後の野球賭博が影響し停年を前に継承者がおらず朝日山部屋は閉鎖され伊勢ケ浜部屋へ吸収された。。 | |