69代 |
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白鵬 翔 |
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| 所属部屋 | 宮城野部屋 |
| 本名 | ムンフバト・ダヴァジャルカル→白鵬 翔 |
| 生年月日 | 昭和60年3月11日 |
出身地 |
モンゴル国ウランバートル |
| 四股名改変 | |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 平成13年3月場所 |
| 十両昇進 | 平成16年1月場所 |
| 新入幕 | 平成16年5月場所 |
| 大関昇進 | 平成18年5月場所 |
| 横綱昇進 | 平成19年5月 |
| 最終場所 | 令和3年9月場所 |
| 幕内在位 | 103場所 |
| 幕内通算 | 1093勝199敗253休 |
| 勝率 | 0.846 |
| 優勝 | 45回 |
| 三賞 | 殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞2回 |
| 身長 | 192cm |
| 体重 | 151kg |
| 得意手 | 右四つ、寄り、上手投げ |
| 年寄名 | 間垣→宮城野 |
| 没年月日 | |
| 父・ジグジドゥ・ムンフバトはモンゴル相撲で、5年連続6度の優勝を果たすモンゴル相撲の横綱。大関昇進は琴欧洲に先を越されるもその後は順調に番付を上げ負け越し知らずであったが右足を痛め休場もしたが、平成18年春場所後に遅れじと大関へ昇進し新大関の場所は横綱朝青龍が休場し横綱不在の穴を見事に克服し雅山と共に千秋楽まで優勝争い、更には決定戦へ持ち込み悲願の初優勝ともはや綱取りと思いきや相撲内容から昇進を見送られその後も左足親指を負傷し休場となり19年初場所は角番となるも見事に脱出し翌春と夏に連続優勝を果たし特に夏場所は全勝優勝を果たし見事69代横綱へ昇進し3年半の1人横綱の時代に終止符を打ち朝青龍独走時代が終焉した。 平成21年大相撲春場所では10度目の優勝と不知火型横綱最多としては優勝記録を更新中。 そして年間最多勝86勝と新記録を達成すると平成22年初場所に横綱朝青龍の突然の引退で1人横綱として重責を担う中で約20年破られなかった元横綱大鵬が持つ45連勝を破り、更には23年間破られなかった千代の富士が持つ53連勝をついに破り、62連勝(平成22年秋場所千秋楽時点)となるも、平成22年九州場所2日目に平幕の稀勢の里(現荒磯親方)に敗れ連勝は63で止まり、双葉山が持つ69連勝の夢は途絶えるも連続優勝は翌5月技量審査場所まで7連覇と朝青龍と並び、翌名古屋場所へ史上初の8連覇は断たれたが翌秋場所には大台の20回目の優勝となり翌九州場所は2連覇となる。 更に貴乃花の22回、北の湖(故人)の24回、朝青龍の25回を破り、平成26年名古屋場所には大関琴奨菊の初優勝を阻止し30回目の優勝という大台となり、更には千代の富士の31回に並び、更には大鵬の32回を超え単独を走り通算勝ち星も1187勝と北の湖、大潮を抜き単独3位となり千代の富士の1045勝、魁皇(現浅香山親方)の1047勝を破り新記録を破り続けた。 令和1年9月に日本国籍を取得し同年九州場所には帰化初優勝をした。 令和3年9月場所後に引退後年寄間垣を襲名。令和4年8月に師匠である元幕内竹葉山の宮城野親方の定年に伴い年寄宮城野を襲名し部屋を継承した。 平成22年秋場所6日目 対琴奨菊 |
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