| 70代 | |
日馬富士 公平 |
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| 所属部屋 | 伊勢ヶ濱部屋 |
| 本名 | ダワーニャム・ビャンバドルジ |
| 生年月日 | 昭和59年4月14日 |
出身地 |
モンゴル国ゴビアルタイ |
| 四股名改変 | 安馬→日馬富士 |
| 所属部屋改変 | 安治川→伊勢ヶ濱 |
| 初土俵 | 平成13年1月場所 |
| 十両昇進 | 平成16年3月場所 |
| 新入幕 | 平成16年11月場所 |
| 大関昇進 | 平成21年1月場所 |
| 横綱昇進 | 平成24年9月 |
| 最終場所 | 平成29年11月場所 |
| 幕内在位 | 77場所 |
| 幕内通算 | 712勝373敗73休 |
| 勝率 | 0.658 |
| 優勝 | 9回 |
| 三賞 | 殊勲賞4回、敢闘賞1回、技能賞5回 |
| 身長 | 186cm |
| 体重 | 137kg |
| 得意手 | 突っ張り、右四つ、寄り、押し出し |
| 年寄名 | |
| 没年月日 | |
| 幕内最軽量力士。第63代横綱旭富士の当時の安治川部屋へ入門し初土俵から四股名を安馬として関脇まで土俵を勤め安治川部屋は2008年1月から名門伊勢ヶ浜部屋へ改め、インタビューではいつも「お客さんを喜ばせる相撲を取りたい」と口にする。兄弟子の安美錦は「いい稽古相手ができた」と話す。 安治川部屋が伊勢ヶ浜部屋へ改められると以前以上に強くなり苦手としてた琴奨菊にも圧勝するなどという成長振りは立派なものである。その中で幕下以下の力士は「安」の字を外して改名し同僚の安美錦、安壮富士も出世時の改名を考えてた中で大関昇進とともに「日馬富士」と改名された。「日」は日輪を意味し太陽に照らされて大輪の花を咲かせてほしいという願いが込められ「馬」はモンゴルでは縁起のよいもの、「富士」は言うまでもなく師匠の伊勢ヶ浜親方の旭富士から頂いたもの。 大関昇進の伝達式では「謹んでお受け致します。今後も『全身全霊』で相撲道に精進します。本日はありがとうございました。」と口上を述べた。 新大関の場所は序盤から負け込みよもや角番の危機から翌平成21年春場所は2桁10勝を挙げると夏場所は序盤から懸命な土俵が続き大関昇進前の強さが戻り横綱白鵬との優勝決定戦を見事制し初優勝に花を添え、しばらく優勝から遠ざかるも平成23年7月場所に2年振り2度目の優勝を、更に24年7月場所と9月場所と2場所連続全勝優勝を果たし横綱昇進を果たしたが新横綱の場所は9勝に終わったが翌初場所はその屈辱を晴らし見事全勝優勝で花を添えた。横綱となってからまだ連続優勝はなく、平成29年九州場所直前の鳥取でのモンゴル出身力士による酒席で、平幕の貴ノ岩の頭を平手で10数回、カラオケのリモコンで殴るなどして、貴ノ岩に頭蓋骨骨折を負わせた事から責任を取る形で引退した。。 平成21年夏場所優勝決定戦 |
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