7代 |
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稲妻 雷五郎 |
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| 所属部屋 | 錦島部屋 |
| 本名 | 根本才助 |
| 生年月日 | 享和2年 |
出身地 |
茨城県稲敷市阿波崎 |
| 四股名改変 | 槇ノ嶋→稲妻 |
| 所属部屋改変 | 佐渡ヶ嶽→錦島 |
| 初土俵 | 文政4年2月場所二段目付出 |
| 新入幕 | 文政 7年10月場所 |
| 大関昇進 | 文政11年10月場所 |
| 横綱昇進 | 文政12年9月場所 |
| 最終場所 | 天保10年11月場所 |
| 幕内在位 | 25場所 |
| 幕内通算 | 130勝13敗14分3預1無73休 |
勝率 |
0.909 |
| 優勝 | 10回 |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 145cm |
| 年寄名 | 出雲藩相撲頭取 |
| 没年月日 | 明治10年3月29日 |
| 阿武松のライバルとして文政から天保に掛けて活躍した力士。九州で修行後、大坂で力を付けて文政4年(1822)江戸相撲佐渡ヶ嶽に入門。槇ノ嶋で幕下上位へ付出し。7年春に十両筆頭に進んだときに雲州松江藩松平候おかかえとなり稲妻と改名。その後入幕して引退までの30場所中23場所に出場して土付かずが12場所もあった。当時として例外といえる巨体で怪力相撲が語られる。 | |