48代 |
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柏戸 剛 |
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| 所属部屋 | 伊勢ノ海部屋 |
| 本名 | 富樫剛 |
| 生年月日 | 昭和13年11月29日 |
出身地 |
山形県鶴岡市桂荒俣 |
| 四股名改変 | 富樫→柏戸 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和29年9月場所 |
| 十両昇進 | 昭和32年11月場所 |
| 新入幕 | 昭和33年9月場所 |
| 大関昇進 | 昭和35年9月場所 |
| 横綱昇進 | 昭和36年9月 |
| 最終場所 | 昭和44年7月場所 |
| 幕内在位 | 66場所 |
| 幕内通算 | 599勝240敗140休 |
| 勝率 | 0.714 |
| 優勝 | 5回 |
| 三賞 | 殊勲賞2回、敢闘賞2回、技能賞4回 |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 139kg |
| 得意手 | 右四つ、寄り切り、突き出し |
| 年寄名 | 鏡山 |
| 没年月日 | 平成8年12月8日 |
| 立ち合いから一気に前へ出る馬力ある豪快な取り口から、大鵬と共に「柏鵬時代」と1時代を築き上げる。昭和36年9月場所後に横綱昇進は大鵬と同時昇進となり「柏鵬時代」は本格的な幕開けとなり大関までは大鵬との対戦は7勝3敗と柏戸がリードしてたが横綱昇進後は16勝21敗と大きく水を明けられた。それも、左右に振られると頭から突っ込むように落ちる為方の骨折などの怪我が多いのも原因と思われる。引退後は伊勢ノ海から独立し鏡山部屋を興し審判長を長年務め蔵前最後の場所に平幕優勝を果たした関脇・多賀竜(現鏡山親方)を育てるも誤審騒動から辞表を提出するも却下されその矢先の平成8年12月に停年を待たずに没した。 | |