13代 |
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鬼面山 谷五郎 |
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| 所属部屋 | 武隈部屋 |
| 本名 | 田中新一 |
| 生年月日 | 文政9年 |
出身地 |
岐阜県養老郡養老町鷲巣 |
| 四股名改変 | 浜碇→弥高山→鬼面山 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 嘉永5年2月場所二段目付出 |
| 新入幕 | 安政 4年正月場所 |
| 大関昇進 | 慶應元年11月場所 |
| 横綱昇進 | 明治2年2月 |
| 最終場所 | 明治3年11月場所 |
| 幕内在位 | 27場所 |
| 幕内通算 | 143勝24敗16分8預63休 |
| 優勝 | 7回 |
| 身長 | 186cm |
| 体重 | 140kg |
| 得意手 | 右四つ、寄り、上手投げ |
| 年寄名 | 鬼面山→武隈 |
| 没年月日 | 明治4年7月23日 |
| 初め京都で浜碇に入門したが家が貧しかったこともあり、一時琵琶湖東岸の石屋で石運び人足をやっていたのを巡業に来た江戸の武隈にスカウトされ嘉永5年(1852)に浜碇を名乗って幕下中位付出しとなる。その後、弥高山から阿波蜂須賀家に抱えられたのを機に鬼面山と改名。 1度大関となりながら、陣幕との確執で番付から名を消したり下位に落ちたりという不屈からようやく横綱へ推挙されたのは44歳と史上最年長の横綱となった。慶応3年春場所に陣幕との因縁対決は手四つから左四つ、押し合い寄り合いの末水入り2度で引き分けとなる。当時は例外な巨体で石運びをしただけな怪力の持ち主。無理してでも力任せに勝つという強引な取り口であったと語られる。 |
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