25代 |
|
西ノ海 嘉治郎(2代) |
|
| 所属部屋 | 井筒部屋 |
| 本名 | 牧瀬→近藤休八 |
| 生年月日 | 明治13年2月6日 |
出身地 |
鹿児島県西之表市西之表川迎 |
| 四股名改変 | 種ヶ島→星甲→錦洋→西ノ海 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和33年5月場所 |
| 十両昇進 | 明治38年5月場所 |
| 新入幕 | 明治39年5月場所 |
| 大関昇進 | 明治43年 1月場所 |
| 横綱昇進 | 大正5年2月 |
| 最終場所 | 大正7年5月場所 |
| 幕内在位 | 25場所 |
| 幕内通算 | 106勝38敗36分預70休 |
| 勝率 | 0.736 |
| 優勝 | 1回 |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 139kg |
| 得意手 | 左四つ、寄り切り |
| 年寄名 | 井筒 |
| 没年月日 | 昭和6年1月27日 |
| 36歳で横綱へ昇進という遅咲きの横綱。幕下時代は伊勢ノ浜(後の大関)、朝嵐(後の大関朝潮)と共に幕下3人男と言われ注目される。大関時代の大正3年に師匠が亡くなり二枚鑑札となりその2年後に横綱へ昇進。140キロと当時は巨漢力士と言われ突っ張りから右四つに捕まえてじっくり寄る堂々な取り口だったが反面勝ちみが遅く横綱としては今一つだったらしい。引退後は取締を務め3代目西ノ海や大関豊国らを育てるも昭和6年春の役員選挙で取締を辞任した。 | |