|
62代 |
|
| 大乃国 康 | |
| 所属部屋 | 放駒部屋 |
| 本名 | 青木康 |
| 生年月日 | 昭和37年10月9日 |
|
出身地 |
河西郡芽室町美生2線 |
| 四股名改変 | 青木→大ノ国→大乃国 |
| 所属部屋改変 | 花籠→放駒 |
| 初土俵 | 昭和53年3月場所 |
| 十両昇進 | 昭和57年3月場所 |
| 新入幕 | 昭和57年3月場所 |
| 大関昇進 | 昭和60年9月場所 |
| 横綱昇進 | 昭和62年11月場所 |
| 最終場所 | 平成3年7月場所 |
| 最高位 | 横綱 |
| 幕内在位 | 51場所 |
| 幕内通算 | 426勝228敗105休 |
| 勝率 | 0.651 |
| 優勝 | 2回 |
| 三賞 | 殊勲賞5回、敢闘賞2回 |
| 身長 | 189cm |
| 体重 | 203kg |
| 得意手 | 右四つ、寄り切り、上手投げ |
| 年寄名 | 大乃国→芝田山 |
| 没年月日 | |
| 無敵の横綱千代の富士キラーの一員。入幕5場所目の昭和58年九州場所には、千代の富士(故人)・北の湖(故人)・隆の里の3横綱を破り史上4人目の一場所3金星の記録を残す。更には琴風・若嶋津・朝潮の3大関までも破ると言う快挙を残した。大関昇進後は昭和62年夏場所に全勝優勝を果たしその3場所後に横綱へ昇進するも新横綱の場所は8勝止まりと「うんと反省」というコメントを残し翌昭和63年初場所は途中休場するもの更に翌春場所は千秋楽に横綱北勝海(現八角親方)に勝ち優勝決定戦への持込でまたまた北勝海を破り逆転横綱初優勝。しかしその後は千代の富士の連勝記録を53で止める快挙も見せたが怪我に泣かされ皆勤で負け越したり休場も多く28歳の若さで力士生命に終止符を打ったのは惜しまれる。幕内通算2回の優勝は大関と横綱でそれぞれ1回づつ。何れも北勝海に勝ち決めたもので”十勝決戦”と呼ばれたのは記憶に新しい。その後何度も優勝争いには加わったが…。後に曙が更新するも史上最重量横綱や常陸山に似ているという期待は大きかった。 昭和62年夏場所千秋楽、十勝決戦 初優勝vs北勝海 昭和63年春場所千秋楽横綱初優勝、vs北勝海 昭和63年九州場所千秋楽結びの一番 |
|