清水川 元吉 |
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| 所属部屋 | 二十山部屋 |
| 本名 | 長尾米作 |
| 生年月日 | 明治33年1月13日 |
出身地 |
青森県五所川原市鶴ヶ岡 |
| 四股名改変 | |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 大正6年1月場所 |
| 十両昇進 | 大正11年1月場所 |
| 新入幕 | 大正12年1月場所 |
| 大関昇進 | 昭和7年5月場所 |
| 最終場所 | 昭和12年5月場所 |
| 幕内在位 | 34場所 |
| 幕内通算 | 193勝310敗3分44休 |
| 勝率 | 0.598 |
| 優勝 | 3回 |
| 三賞 | |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 97kg |
| 得意手 | 右四つ、上手投げ |
| 年寄名 | 追手風→昭和40年1月定年退職 |
| 没年月日 | 昭和42年7月5日 |
| 豪快な上手投げは天下一品とも言われたのは歴史に残る。1度は小結まで上がるも私行上の都合で破門されるも昭和3年10月に幕下筆頭格から復帰し6年春に小結へ返り咲き7年5月場所に大関に昇進し3回のうち2回は全勝優勝と特に9年5月場所は玉錦・武蔵山・男女ノ川を連破して横綱昇進当確と思いきや9年秋の巡業中に十両の三島岳との稽古で腰部脱臼の重傷を負う。その後最後の場所となった12年夏場所では10勝3敗と準優勝となりながらも引退というのは異例である。歴史に残る昭和の名大関と語られている。 | |