8代 |
|
不知火 諾右衛門 |
|
| 所属部屋 | 浦風部屋 |
| 本名 | 近江信次 |
| 生年月日 | 享和元年 |
出身地 |
熊本県宇土市栗崎町 |
| 四股名改変 | 白川→戸立野→黒雲→不知火 |
| 所属部屋改変 | 湊→浦風部屋 |
| 初土俵 | 文政7年5月中相撲→文政13年11月場所二段目付出 |
| 新入幕 | 天保 8年正月場所 |
| 大関昇進 | 天保10年 3月場所 |
| 横綱昇進 | 天保11年11月 |
| 最終場所 | 天保15年正月場所 |
| 幕内在位 | 14場所 |
| 幕内通算 | 48勝15敗3分2預1無65休 |
勝率 |
0.762 |
| 優勝 | 1回 |
| 身長 | 176cm |
| 体重 | 135kg |
| 年寄名 | 湊 |
| 没年月日 | 嘉永7年7月24日 |
| 故郷で役人を務めた形跡を持つ。義憤にからねて傷害事件を起こし怪力が災いして市に至らせてしまう。やむを得ず職を捨て、妻と2人の男子を残し出卿。大坂の湊部屋へ入門し、白川から戸立野と改め黒雲の四股名で大関へ昇進。文政13年(1830)江戸へ出て浦風部屋へ入門。雲州松江藩おかかえとなり濃錦里(のぎのさと)と改めて入幕。新大関の時、吉田司家が仕える熊本細川家に抱え替えになったのが幸いし、さして好成績でもなかったのに横綱へ推挙、天保13年春に大関から関脇へ降格という雄一の横綱降格力士。 | |