52代 |
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玉の海 正洋 |
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| 所属部屋 | 片男波部屋 |
| 本名 | 竹内→谷口正夫 |
| 生年月日 | 昭和19年2月5日 |
出身地 |
愛知県蒲浦市水竹町 |
| 四股名改変 | 玉乃島→玉の海 |
| 所属部屋改変 | 二所ノ関→片男波 |
| 初土俵 | 昭和34年3月場所 |
| 十両昇進 | 昭和38年9月場所 |
| 新入幕 | 昭和39年3月場所 |
| 大関昇進 | 昭和41年11月場所 |
| 横綱昇進 | 昭和45年1月 |
| 最終場所 | 昭和46年9月場所 |
| 幕内在位 | 46場所 |
| 幕内通算 | 469勝221敗 |
| 勝率 | 0.680 |
| 優勝 | 6回 |
| 三賞 | 殊勲賞4回、敢闘賞2回 |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 134kg |
| 得意手 | 右四つ、上手投げ、つり出し |
| 年寄名 | |
| 没年月日 | 昭和46年10月11日(現役中) |
| 大関まで玉乃島を名乗る。入幕時は100キロに満たない体重で右四つで胸を合わせる取り口であった。部屋別総当り制導入の昭和40年初場所、新小結の場所に横綱大鵬を内掛けで破るという高力士として体重の増加とともに双葉山以来の右四つが決め手と言われた。それから毎場所のように北の富士と優勝を争い北玉時代を築き上げて北の富士と同時に横綱へ昇進。北の富士と共に連続優勝を争うも昭和46年秋場所後の10月11日午前11時30分、盲腸の手術の為入院中の都内の病院で心臓発作を起こし27歳という若さで急死したのは惜しまれる。北玉時代は突如終わった。 | |