4代 |
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谷嵐 梶之助 |
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| 所属部屋 | 伊勢ノ海部屋 |
| 本名 | 金子与四郎 |
| 生年月日 | 寛延3年8月8日 |
出身地 |
宮城県仙台市若林区霞目 |
| 四股名改変 | |
| 所属部屋改変 | 関ノ戸→伊勢ノ海 |
| 初土俵 | 明和6年4月大関付出 |
| 大関昇進 | 明和6年4月場所 |
| 横綱昇進 | 寛政元年11月 |
| 最終場所 | 寛政6年11月場所 |
| 幕内在位 | 49場所 |
| 幕内通算 | 254勝14敗16分16預5無106休 |
勝率 |
0.949 |
| 優勝 | 21回 |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 160kg |
| 得意手 | 寄り |
| 没年月日 | 寛政7年1月9日(現役中) |
| かっぷくのいい体に丸く大きな顔、北の湖を思わすものであった。この体を生かし、明和6年(1669)春に関ノ戸の弟子として達ヶ関の名で大関付け出しでデビュー。「力量万人にすぐれ、別して相撲の達人にて、腰低く寄る足至って遠く、実に力士の階級なり……まれに一番勝つ者も、再び向かう時は片手をもって押し出さる」とあって、5年間に63連勝を記録。後にインフルエンザで現役中に没す。 | |