38代 |
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照國 万蔵 |
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| 所属部屋 | 伊勢ヶ濱部屋 |
| 本名 | 管→大野万蔵 |
| 生年月日 | 大正8年1月10日 |
出身地 |
秋田県湯沢市秋ノ宮 |
| 四股名改変 | |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和10年1月場所 |
| 十両昇進 | 昭和13年1月場所 |
| 新入幕 | 昭和14年5月場所 |
| 大関昇進 | 昭和17年1月場所 |
| 横綱昇進 | 昭和17年6月 |
| 最終場所 | 昭和28年1月場所 |
| 幕内在位 | 32場所 |
| 幕内通算 | 271勝91敗74休 |
| 勝率 | 0.749 |
| 優勝 | 2回 |
| 身長 | 174cm |
| 体重 | 161.5kg |
| 得意手 | 左四つ、寄り切り、つり出し |
| 年寄名 | 荒磯→伊勢ヶ濱 |
| 没年月日 | 昭和52年3月20日 |
| 短身肥満型といえる超重量級アンコ型横綱。下半身の安定感が強く低い体勢で攻めて叩かれても前へ落ちずニ本差しての吊り、寄りの攻めは流れるようにリズミカルで「桜色の音楽」とたたえられる。昭和14年夏場所の新入幕以降は1巡業ごとに体重が増え続け11勝、12勝、11勝、12勝、13勝と好成績が続き入幕6場所目に大関へ昇進。これまで優勝記録がないまま8場所目に安芸ノ海とともに横綱へ昇進。23歳4ヶ月と当時は最年少記録であった。大関までは双葉山に優勝を阻止されてたが横綱18場所目の昭和25年秋場所に13勝2敗で吉葉山との優勝決定戦の末ようやく初優勝を果たし翌26年春場所は全勝優勝を果たす。昭和28年初場所に引退後は年寄荒磯となり師匠から部屋を継承後年寄伊勢ヶ浜を継承し大関清国をはじめ数々の個性派力士を育てた。 | |