栃東 大裕 |
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| 所属部屋 | 玉ノ井部屋 |
| 本名 | 志賀大祐 |
| 生年月日 | 昭和51年11月9日 |
出身地 |
東京都足立区梅田 |
| 四股名改変 | 志賀→栃東 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 平成6年11月場所 |
| 十両昇進 | 平成8年5月場所 |
| 新入幕 | 平成8年11月場所 |
| 大関昇進 | 平成14年1月場所→平成16年7月場所関脇へ陥落→平成16年9月場所大関へ復帰→平成17年1月場所関脇へ陥落→平成17年3月場所大関へ復帰 |
| 最終場所 | 平成19年3月場所(番付は5月場所) |
| 幕内在位 | 63場所 |
| 幕内通算 | 483勝296敗166休 |
| 勝率 | 0.620 |
| 優勝 | 3回 |
| 三賞 | 殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 155kg |
| 得意手 | 右四つ、寄り、投げ |
| 年寄名 | 栃東→玉ノ井 |
| 没年月日 | |
| 明大中野高校・高校横綱のタイトルから初土俵を踏みわずか2年で新入幕を果たす。低く当たり強烈なおっつけで平成14年初場所に見事大関へ昇進しその新大関の場所に清国以来22年振り新大関優勝を果たす。その後横綱と言われながら左肩脱臼など怪我に見回され2度も大関を陥落しながら2度も大関へ復帰を果たしたのは史上初の快挙。復帰後も優勝を果たし今度こそ横綱へのリベンジと思いきや最後は平成19年春場所に見事勝ち越して角番を脱出したが高血圧と脳梗塞の疑いから休場し再び土俵に上がることなく翌夏場所前に引退し年寄栃東を襲名。平成21年9月の師匠停年と共に玉ノ井部屋を継承。 1人横綱だった歴史に残る朝青龍キラーとしての貢献度は非常に大きく誰もが横綱になると思っただろう。 また、栃東につきまして大相撲こんな事でも詳しくピックアップしてます。 vs朝青龍 |
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