20代 |
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梅ヶ谷 藤太郎(二代) |
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| 所属部屋 | 雷部屋 |
| 本名 | 小江音松 |
| 生年月日 | 明治11年3月11日 |
出身地 |
富山県富山市水橋大町 |
| 四股名改変 | 梅ノ谷→梅ヶ谷 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 明治24年1月場所 |
| 十両昇進 | 明治30年1月場所 |
| 新入幕 | 明治31年1月場所 |
| 大関昇進 | 明治33年 5月場所 |
| 横綱昇進 | 明治36年6月 |
| 最終場所 | 大正4年6月場所 |
| 幕内在位 | 36場所 |
| 幕内通算 | 168勝27敗49分預116休 |
| 勝率 | 0.861 |
| 優勝 | 4回 |
| 身長 | 168cm |
| 体重 | 158kg |
| 得意手 | 突き出し、右四つ、つり出し |
| 年寄名 | 雷 |
| 没年月日 | 昭和2年9月2日 |
| 富山の薬売りの家に生まれる。明治24年の夏巡業で大関剣山に見出され初代梅ヶ谷の雷の弟子となる。明治35年春の大関昇進を機に梅ヶ谷藤太郎を襲名。後に常陸山と共に横綱へ昇進し小錦を大幅に塗り替える当時の最年少横綱となった。短身肥満で足腰は決して良くなく横にもろく大雷と言われた養父の指導で見事克服する。突っ張り、左差しの寄り、腹やぐらを得意とした。腰が割れ脇も締まった土俵入りの美しさも評判であった。引退後は養父の雷を継承し検査役を経て大正11年に取締に推されるも昭和元年に辞任。巡業先の新潟県与坂町で心臓麻痺で急死した。 | |