54代 |
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輪島 大士 |
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| 所属部屋 | 花籠部屋 |
| 本名 | 輪島博 |
| 生年月日 | 昭和23年1月11日 |
出身地 |
石川県七尾市石崎町 |
| 四股名改変 | |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和45年1月場所幕下付出 |
| 十両昇進 | 昭和45年5月場所 |
| 新入幕 | 昭和46年1月場所 |
| 大関昇進 | 昭和47年11月場所 |
| 横綱昇進 | 昭和48年5月場所 |
| 最終場所 | 昭和56年3月場所 |
| 幕内在位 | 62場所 |
| 幕内通算 | 620勝213敗85休 |
| 勝率 | 0.744 |
| 優勝 | 14回 |
| 三賞 | 殊勲賞3回、敢闘賞2回 |
| 身長 | 186cm |
| 体重 | 132kg |
| 得意手 | 左四つ、下手投げ、寄り切り |
| 年寄名 | 花籠→昭和60年12月廃業 |
| 没年月日 | 平成30年10月8日 |
| 史上初の学生相撲出身横綱として知られる。幕下付出しデビューも2場所で通過し、十両も4場所で通過した。新入幕からも約2年のスピードで大関へ昇進。学生相撲出身としては豊山以来2人目の大関となる。それから、わずか4場所で2度目の優勝を全勝で飾り横綱へ昇進。史上初の学生相撲出身の横綱となり史上初の本名の横綱ともなった。初土俵からわずか3年のスピード昇進となる。天才肌であったが稽古嫌いが欠点と言われライバル北の湖(故人)に水を開けられてしまう。師匠の花籠親方(元大ノ海)の娘婿となり、引退後は花籠部屋を継承するも夫人の自殺未遂事件から前代未聞の不祥事が起こり廃業へ追いこまれ花籠部屋は放駒部屋へ吸収され自身はプロレスへ転向するも引退しタレントや実業家として活躍したが、平成25年には下咽頭がん手術で声を失い、平成30年10月に咽頭癌と肺癌で自宅のソファーで眠るように亡くなった。70歳だった。 | |