大麒麟 将能 |
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| 所属部屋 | ニ所ノ関部屋 |
| 本名 | 堤隆能 |
| 生年月日 | 昭和17年6月20日 |
出身地 |
佐賀県佐賀郡諸富町徳富 |
| 四股名改変 | 堤→麒麟児→大麒麟 |
| 所属部屋改変 | |
| 初土俵 | 昭和33年5月場所 |
| 十両昇進 | 昭和37年7月場所 |
| 新入幕 | 昭和38年9月場所 |
| 大関昇進 | 昭和45年11月場所 |
| 最終場所 | 昭和49年11月場所 |
| 幕内在位 | 58場所 |
| 幕内通算 | 473勝337敗49休 |
| 勝率 | 0.584 |
| 優勝 | |
| 三賞 | 殊勲賞5回、技能賞4回 |
| 身長 | 182cm |
| 体重 | 140kg |
| 得意手 | 右四つ、つり出し、寄り切り |
| 年寄名 | 押尾川→平成18年6月30日退職 |
| 没年月日 | 平成22年8月4日 |
| 昭和50年秋に弟子16人を連れて二所ノ関部屋を飛び出して独立した押尾川騒動。大横綱・大鵬との兄弟弟子として影に隠れた存在としたキャラクターで吊りを得意とし柏戸をよく苦しめた。優勝は記録できず、入幕後足を骨折し1度は幕下まで落ちて大関まで昇進は当時史上初と言われる。 引退後は、押尾川部屋を立ち上げ、騏乃嵐、益荒男(現阿武松親方)、恵那桜、大至らを育てたが最後は尾車部屋へ吸収し平成18年6月30日に停年まで1年を残し日本相撲協会を退職した。押尾川部屋を尾車部屋へ吸収するときに親方の腹は決まってたそうである。 |
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