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大関佐賀ノ花、横綱大鵬らを輩出した旧二所ノ関部屋跡地を訪ねる |
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| こちらはかつて大関佐賀ノ花、横綱大鵬らが輩出された二所ノ関部屋跡地です。二所ノ関部屋は明治40年に創設され、横綱玉錦、大関佐賀ノ花、横綱大鵬、大関大麒麟らが輩出されました。 その後、大鵬が引退すると昭和50年3月に元佐賀ノ花の当時の二所ノ関が亡くなり、当時の二所ノ関の通夜の晩に、元横綱大鵬が一代年寄を返上し二所ノ関部屋を継承するか、元大関大麒麟の当時の押尾川親方が継承するかと言われながらまとまりが付かず、6代・元横綱玉錦の弟子で最長老であった元十勝岩の当時の湊川親方が暫定的に継承するもその間に当時の8代二所ノ関の女将は当時の押尾川への継承を拒否し、8代二所ノ関の次女と婚約し婿となった元関脇金剛が昭和51年秋場所前に引退し継承へと至った訳です。 その後は8代からの弟子である鳳凰、麒麟児(現北陣親方)、大徹(現湊川親方)らが幕内へと昇進し、金剛の直弟子である大善(現富士ヶ根親方)を輩出しましたが、その後平成20年に10代二所ノ関は理事となるもその後は部屋の衰退に歯止めがかからず、マネージャーの自殺、モンゴル人力士が意識不明などと不運が続き9代の元関脇金剛も脳梗塞に倒れ、継承者の目途も付かず、平成25年初場所後に部屋を閉鎖し当時の序二段と三段目の力士ら3人は引退し、元小結大善の富士ヶ根親方は春日野部屋へ、他の親方らと行司と床山は松ケ根部屋へ移籍し明治42年から続いた歴史に終止符を打ちました。 その後平成26年12月には元大関若島津の松ケ根部屋を改める形で約2年振りに再興され現在に至ってます。 |
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| 取材日 | 平成27年1月2日(金) |
| 玉錦 三右衛門 | |
| 佐賀ノ花 勝巳 | |
| mixi足あとボード | 大麒麟 将能 |
| 大鵬 幸喜 | |
| 大相撲掲示板 | 若嶋津 六夫 |